大和撫子とはどんな女性?そこには日本の歴史と深い関係が・・・現代の女性が活躍するヒントがあるかも

大和撫子とはどんな女性のことでしょうか?

日本の女性の美しさを表現するときに良く使われますよね。でも、具体的にどんな女性なのか分かりづらかったりもします。

今回は、日本の歴史をひも解きながら大和撫子のイメージの変遷と、現代の女性が活躍できるヒントを探っていきたいと思います。

 

大和撫子のイメージ

 

大和撫子と聞いてイメージはするのはこのような女性像でしょうか。

豊かな黒髪。陶器のように滑らかでしっとりした肌。切れ長でクールな瞳。

礼儀正しくて控えめ、おとなしい。一歩下がって男性を立てる。自分の中に芯があり、凛とした強さがある。

他にも、和服を自分で着ることができ、着こなしている。茶道や華道、舞踊などの芸事に精通している。剣道や弓道などの武道を稽古している。伝統工芸品を作ったり、和文化に関係した仕事をしている。

 

 

いかがでしょうか?

 

ちょっと古過ぎて現代の価値観にはそぐわない!と感じる方もいると思います。控えめで一歩下がる・・というのは、完全に男性目線の願望でしかないと思いますが・・・。

 

いつからこのようなことが言われるようになったのでしょう。

 

大和撫子の歴史

 

まず、広辞苑で「大和撫子」を引いてみます。

 

①ナデシコの異称(季・秋)

②日本女性の美称

 

とあります。

他の辞典では、日本女性の例えで、見かけはか弱そうだが心の強さと清楚な美しさを備えている。ともあります。

 

日本女性に大和撫子という呼び名は、すでに奈良時代にはあったようです。それが分かるのが、日本最古の和歌集である万葉集です。

万葉集に収められている作品中26首にナデシコの花が出てきます。

例えばこの一首。

愛(うるは)しみ 我が思う君は なでしこが 花になそへて 見れど飽かぬかも」(大伴家持)

※意訳:ご立派と思う我が君は、美しいナデシコの花に見立てて、いくら見ても見飽きることがありません。

 

 

その後の古今和歌集にも、ナデシコはでてきます。

あな恋し 今も見てしが山がつの 垣穂に咲けるやまとなでしこ

※意訳:ああ、恋しい、今も逢いたい、山里の家の垣根に咲いている大和撫子のように愛しいあなたに

 

ナデシコの花=愛しい女性の姿として貴族やインテリの間で定着し始めていたようですが、和歌に登場するのは高貴な女性。この時代はまだ一般的なイメージとして日本女性の美=大和撫子とは認識されていないようです。

 

「春はあけぼの・・・」でおなじみの清少納言が書いた枕草子にもこんな一文がでてきます。

草の花はなでしこ、唐のはさらなり、やまとのもいと愛でたし

意訳:草の花といえば撫子。唐(中国)のものは言うまでもないが大和(日本)のものも、とても立派である。

 

これは「いとめでたし」「いとをかし」な草花を列挙している部分に出てくる一文です。

他にも女郎花や桔梗、竜胆など野の花を並べて賞賛していますが、一番最初にでてくるのがナデシコです。清少納言はナデシコを高く評価していたのですね。

 

ところで、ナデシコのお花には中国産と日本産があります。

もともと日本には自生のナデシコがあり、カワラナデシコとして親しまれていました。

つまり大和(日本のもの)撫子です。

 

 

対して、「唐のもの」はセキチクだと思われます。ナデシコによく似たお花で、平安時代頃に中国から伝わってきました。

当時、大和ナデシコに対して唐ナデシコ(カラナデシコ)と呼ばれていたそうです。

 

 

ナデシコは、バラや牡丹などと比べて派手ではないけれど、清楚でいかにも日本人好みのお花です。

細い枝がか弱そうなんだけれども、割りと強めの色で何気に主張してるし、お花のカタチもキレイ。

 

秋の七草として数えられるくらいですから、日本人はこのお花が本当に好きなんですね。

そっと寄り添ってくれるような何気ない美しさに惹かれていたのではないでしょうか。

平安貴族たちが、日本女性の美しい姿を重ねていたのもなんとなく分かります。

 

では、女性の美を言い表す表現がポピュラーになったのはいつ頃なんでしょうか。

 

大和撫子が一般的になった時代

 

現在のように、日本女性の美しさを言い表す言葉として「大和撫子」が国民に浸透したのは明治以降のようです。

残念ながら、男尊女卑の価値観が通用していた時代、女性は家を守って、子孫を残す存在でした。

そして、お手本となる女性として大和撫子のイメージがつくられていきました。

 

和服の女性後ろ姿

 

 

大和撫子とは、夫を立て、良き妻、良き母となり家を守り内助の功で家族を助け、貞節を守り男性に従い、慎み深く他人を優先し、礼儀正しく控えめで奥ゆかしい女性

 

確かに、こんな女性は立派だと思います。でも、、、時代は戦争に向かっていました。

明治から大正、昭和と女性は社会や家の中での立場や考え方が変わり始めて、社会進出も少しづつ増えてきた時代です。

そんな中、女性を自由にさせたくない人たちも沢山いたのだと思います。

だから、大和撫子というイメージをつくってコントロールしたかった。つまり、この時代の大和撫子は男性にとって都合の良い、扱いやすい女性ということだったのでしょう。

 

女性は子を産み、男性を助け、国を助けるものだ!女性は大和撫子であれ!そうでない女性は、はしたなくて常識がない、品位に欠ける!なんてレッテルを貼られてしまったのです。

 

こんなふうに大和撫子は、高貴な人や市井の民の心に寄り添う存在であったり、権力に利用されてきた歴史ですが、現代はどうでしょうか?

 

現代の大和撫子

 

戦中にあったような大和撫子のイメージ・・・「夫を立て、良き妻、良き母となり家を守り内助の功で家族を助け、貞節を守り男性に従い、慎み深く他人を優先し、礼儀正しく控えめで奥ゆかしい」

こういう大和撫子像も良いとは思います。

 

でも、時代は変わりました。

 

子育てしながら働く女性、自分の夢を追いかけて海外へ行く女性、年齢・性別・人種関係なく自分の価値観で生きる女性などなど、もう昔とは違い自由に生き方を選択できる世になったのです。

男女が協力して、仕事をしたり家族を守ったりすることはもはや、当たり前です。結婚や出産は義務ではないのです。

 

 

私が思う大和撫子とは、押し付けられた「大和撫子の固定観念」にとらわれず、自立し、自由に生きる女性だと思います。

日本人は古より、ナデシコの花の美しさに心惹かれ、愛してきました。

香りの強い百合やバラ、派手な牡丹にはない、凛として楚々とした美しさがあります。

無理に男性に媚びることもなく、ありのままの自分で良いのだと思います。

女性はもとから賢く、強く、優しいのです。

美しい生き方を目指す心が美しい姿をつくると信じています。

 

ちなみに、ナデシコの花言葉は「純愛、無邪気、可憐、貞節」。そして、「才能、大胆、快活」ですって。

やっぱり女性は良いなぁ!これは大和撫子、モテるわけだ。